読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

To the boundless heart , Than a limited thing

〜 限りあるものより、限りない心へ 〜

麦秋

 

麦秋 

 田舎のどの水田も、そろそろ田植えを終える。苗代で籾1粒から発芽した稲の苗は、水田に植えられてから日の光を受けて、茎を増やし葉を伸ばして日に日に大きくなる。初夏の景色である。この時期のことを二十四節の小満(初夏にあたる)と言う一方、別の言葉で麦秋とも呼ぶ。 
 田を見渡すと、稲に混じって大麦がある。3月に植えられた大麦は、減反政策によって空いた場所で大きく成長し、今は頭を垂れる稲穂よろしく金色に輝いて刈り取り間近。この麦畑が中秋の、稲刈り前の景色に似ている所から今の時期を麦秋と呼ぶ。景色を見て暦を思い出すとき、私は日本人の時間感覚とその時々の観察眼の鋭さを感じる。 
 中東や西洋では、早くから今の「秒」に類する単位があった。太陽の日周運動にかかる時間を24等分して時間を、それを60等分して分を、さらに分を60等分して秒とした。これが17世紀になって時計の文字盤に秒針が登場する。同じ頃、江戸時代の日本には、西洋のように小さな区切りではなく、大きな区切りが中国からもたらされた。1年を24等分する二十四節気である。もともと室町時代から、日本では1日を12等分して干支をあて、さらに4刻を組み合わせて四十八刻とした時法を用いていた。西洋が1日を秒まで細かく区切った頃、日本はそれとは逆に、時の流れを大きな括りでとらえるようになった。室町から江戸時代まで1日の最小単位は、中東・西洋で1秒であったのに対し、日本では一刻=約30分=1800秒だった。 
 西洋に比べてかなり長く大雑把な時の流れの中にあって、日本人は時間に対して鈍感であった訳ではないと思う。季節の移ろいをじっと観察し、一瞬に集中し、二十四節気を3等分して七十二候を付け、歳時記のように季語を集めただけで辞書ができるほどの言葉を作った。これができたのは、ゆっくりとした時の流れの中で何もない時間があったからではないだろうか。日の出とともに起き、人が手で耕すには広すぎる田畑を1鍬ずつおこし、作物が育つのを待ち、天気を感じて苗を植え、きちんと始末をし、日没とともに眠る。この生活の中で日の光や葉の色、生き物の音、月の影から時を感じ、自然の中にある自分と対話する時間は今に比べて遥かに多かったのではないか。今と比べて圧倒的に物が少なかった時代にあって、大きく捉えた時間の中で自分を見つめ、想像力を働かせて他者を慮るために一瞬に集中する。途方も無く難しいことであるが、少しずつこんな空の何も無い時間を取りたいと私は思う。そんな時間の中から得るものがあったとすれば、それはきっと細切れの時間をかき集めても決して得られない、尊く豊かなものであろう。 
 「人間はひとりひとりがそれぞれ自分の時間を持っている。そしてこの時間は、ほんとうにじぶんのものであるあいだだけ、生きた時間でいられるのだよ」ミヒャエル・エンデ作「モモ」の中の賢者の言葉が、麦のように輝いて思い出される。